読書やメルマガ購読・セミナー参加等をすることで、継続的に様々な分野について学んでいます。いわゆる、大人になってからの学びです。
こうした学びについては、定期的に棚卸しをするようにしています。やめる・手放す棚卸しです。
そうすることで、「やっている風」に陥ることを避けられます。
大人になってからの学びは楽しいけれど・・・
スキルアップ・漠然とした先行き不安・ただ好きだから。
理由はそれぞれありますが、大人になってから、仕事はしつつ、自主的に学びを入れているという方は少なくありません。
仕事に関連することはあるにせよ、大人になってからの学びは楽しいところが良いです。
学生のときの教科書とは違い、好きな本を読めるし、なにをやってもOKです。やらされるものではなく、自分が興味があるものについての勉強なので、それは楽しい。
その一方、自分のペースでやる関係から、「あれもやりたい、それも、これも」と、多くを抱えてしまうということもあります。そうなると、どっち付かずになってしまいます。
私も、書籍・定期購読・ブログ・メルマガ購読・セミナー参加等で、自分の学びを展開をしていますが、気付くと消化不良を起こしていることがあります。
本は積読、メルマガもたまってしまうという状態です。
こうなり始めている・・・と気付いたタイミングで、学びの棚卸を入れることにしています。
何でも出来るわけじゃないから、やめる・手放す
仕事もしつつ、それ以外に本を大量に読み込み、メルマガ・ブログ執筆まで、多岐にわたってこなすという方はいますが、私はそこまで器用ではありません。
私が税理士という仕事に加えて、自主的な学びとしてやっていることは、
・平日毎日更新のブログ執筆
・週に2冊程度のペースの読書
・雑誌定期購読2誌
・毎日配信のメルマガ購読(現在は一つのみ)
・たまに走る(ある意味学びとして)
・月に2回程度セミナー参加
いま思いつくなかでは、この辺りです。
読書を除いては、20代後半の、大人になってから始めた学びです。
器用でない私は、これくらいがちょうど良いと思っています。あくまで、自分のペースは崩さず、楽しみ要素を残して、続けるものと考えているからです。
何かの比重が重くなり、他が疎かになるようであれば、棚卸しをするようにしています。つい先日も、しばらくとっていたメルマガの定期購読を2つやめました。読書が停滞していたからです。
学びの棚卸しをする理由は、単純に消化不良で出来ないことに加え、学んだつもりにならないためでもあります。
多く抱えるとやっているつもりになるが、実はやってない
大人になってからの自主的な学びが楽しいと思える理由は、自分のペースで好きにできるというところにあります。しいていえば、管理者は自分です。
だからこそ、自分が管理者として、棚卸しは必要です。
というのも、自由だからと多くを抱えてしまうと、抱えているだけで何もしていなくても、やっているようなつもりになってしまうということがあります。
「あれをやって、これを読んで、それを片付けて」とは考えていても、考えているだけで実はあまり進んでいない。
それだったら、手放して減らして、出来ることを確実にやったほうが良いと考えているからです。
なんとなく、あれもこれも抱えていると、やっている風ではありますが、実際にやっていないのであれば、意味のないことです。
できること、やれることを確実に進めることに意味があります。加えて、楽しさがあればちょうど良いです。
停滞している、手についていない、という状態にあるのであれば、「いかにこなすか?」を追い求めるのではなく、棚卸しでやめる・手放すを考えても良いかもしれません。
編集後記
昨日は法人の書面提出で、税務署・県・市回ってきました。
今は電子申告でやることも多く、役所回りは減っていますが、以前は結構回っていたなと思い出しました。
原点回帰で、たまには良いものだなと感じましたね。